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Updated 2002-08-19
フリーの翻訳者として生きのびるための知恵と工夫
安藤 進

This talk was given at the JAT Tokyo meeting, 20 July 2002.

初めてJATミーティングに参加した1980年代末ごろから今日までの体験を紹介しながら、フリーの翻訳者として生き延びるための知恵と工夫と教訓について話をした。当日は、会場に入りきらないほど多数の参加者で冷房が効かないほどの盛況だった。

今から10数年ほど前、まだインターネットが普及していない時代のJATの状況を紹介した。当時の日本には、翻訳者の団体が数社あったが、その中でJATは個人翻訳者の団体として異彩を放っていた。そのほかの主要な翻訳団体は、当時の文部省、通産省、労働省の傘下の社団法人化を目指していたからだ。

翻訳者の地位を向上させていく手段として「翻訳士」という資格を認定する事業を推進している団体もあった。また、翻訳書を出版していることを「翻訳家」の条件に規定している団体もあった。

1980年代後半に日英翻訳に携わっていた日本人の翻訳者群像の一端を紹介した。英語が話せないから翻訳の仕事を選んだという人が多かったのだ。ところが、翻訳の仕事をするうえで、英語を話したり聞いたりする力が役立つことを、講演者の体験に基づいて紹介した。だが、自分の英語力を過信すると、思わぬ誤解を生み、貴重な仕事を失うという苦い体験例も披露した。

積極的に営業活動をしている人は、このセミナーの参加者の1割ほどしかいなかった。どちらかといえば、受身で仕事を待つ人が多いようだ。営業活動をしなければ、仕事は得られない。しかし、あまりガツガツやると、足元を見られてしまう。この兼ね合いが難しい。出版社の担当者を確認して自分のレジメを送り、その手紙が届いたころを見払かって電話をかける方法を紹介した。

原文の執筆者にEメールを送り、疑問点を解消し、意味の通じる訳文を作成する実例を紹介した。日本の校閲者やチェッカーは、従来の学校文法に従った所謂英文解釈的な読解法で翻訳の良し悪しを判断しようとする傾向がある。これに対抗するためには、「著者はこのように説明している」と言うと、ちょうど水戸黄門の「この印籠が目に入らぬか」と同じ効果が得られる。


安藤 進(あんどう すすむ)

富士通研究所で機械翻訳システムATLASの研究開発、(株)十印で翻訳部部長として従事した後、現在、トランスレーター、ライター、大学の非常勤講師。
主要な訳書は、「プログラミングの壷」(共立出版、1995年)、「Java」(1996年)、「JavaScript」(1997年)、「Webセキュリティ&コマース」(1998年)、「TCP/IPネットワーク管理」(1999年)、「JavaScript第3版」(2001年) (以上、オライリー社)。「技術統合」(NTT出版、2000年)、ハーバード流交渉術のCD-ROM版(2001年)。主要な著書は、「Word95入門」(富士通経営研修所、1996年)、「インターネット英語の読み方&書き方&調べ方」(共立出版、1997年)、「Eメールハンドブック」(共立出版、1998年)、「技術翻訳のためのインターネット活用法」(丸善、2001年)

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