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Updated 2002-05-22
役に立つかも知れない日本語の話
Speaker: 時國滋夫 (George Tokikuni)

2002-06-15 JAT meeting

日本語から英語への翻訳をするときの原文の理解に役に立つかも知れない日本語の読み方について、参加者との討論を通して、考えていきます。事前の準備は不要ですが、頭を柔らかくして来てください(笑)。(IJET-13でのセッションとは内容が異なります。)

これからいろいろな質問をしますので、それについて短い時間ですが考えてみてください。そして、その問いに対するみなさんの意見や考えを聞きながら発表を進めていきたいと思います。

今日はいくつかの日本語のことばや文章を取り上げてその解釈について議論したり、私が学んできたことをお伝えすることで、日本文の構成やその分析、解釈の仕方について、ひとつでもヒントを得てもらえればと思っています。

1.日本人だから日本語がわかるか。
日本人にしか、日本語はわからないのか。

興味をもって検討する人にはわかるし、国籍には関係ないと思う。ただ、日本で暮らして教育を受けていくことで、知らず知らずのうちに身体に染みついていることもある。また、言語に関係なく、特定の分野の専門知識を持っているかどうかによることもある。たとえば、mother tongueを何と訳すか。意味としては「幼いときに母親などから自然に習い覚える言語」であるが、これを「母国語」とするか、それとも「母語」と訳すか。最近の情勢をみていれば、生まれた国で喋られている言葉と最初に身に付いた言葉が必ずしも一致しないことは増えていると思われるので、「母語」を選択する人が多いであろう。また、interpreterを何と訳すか。通訳業界に知人がいないと、たぶん、「通訳」だろう。仕事とその仕事に従事する人を同じ言葉で呼ぶかどうか。通訳に携わっている方々は「通訳者」という呼称を望んでいる。

英語でも同じである。「ブレーカーが落ちた」という日本文を英語に訳すときに、「落ちた」をどう表現するだろうか。これは電気の分野の言葉で特殊ではあるが、通常は "The circuit breaker has tripped." "trip" という言葉の使い方を知らなければ、英語圏で育ったとしてもわからないだろう。

英語でのtranslation と interpretationはどうか。後者は前者を口頭で行うものという考えを持っている人も大勢いるようだ。日本語では翻訳と通訳は分かれている。当たり前ではあるが、単語レベルでも、英語と日本語間で明確な一対一の対応はないことがある。

「久米宏が巨人をほめた」という文章に出会ったときに、久米宏を知らなければ表面的にしか訳せない。彼はテレビ朝日(10チャネル)のニュース番組の司会者で、「ニュース・ステーション」という番組を担当している。翻訳をしている日本人ならば誰でも知っていると思われる。では、筑紫哲也はどうか。TBSで「News 23」という番組を担当している司会者である。

彼は最近「ニュースキャスター」という本を書いているが、このことばは英語と日本語で意味が違うと思う。英語では、"a person who gives the news on a newscast" (The World Book Dictionary)であり、自分の意見は述べないと思う。意見を言うならば、anchorまたはanchormanでその意味は"a person who coordinates a broadcast usually by commenting and introducing reports from correspondents in several different cities, countries, or other areas" (同上)となっている。日本語での「ニュースキャスター」は比較的新しいことばで、的確にその意味を答えられる人はさほど多くないと思うが、ニュース解説者という意味で使われる。英語圏ではTom Brokaw (NBC, Nightly News)やPeter Jennings(ABC)が有名のようである。

2.「僕はうなぎだ。」

翻訳では、もちろん、前後関係、文脈、コンテキストが大切であるし、それなくしてはどんな文も意味を持ち得ない。しかし、細切れの文から、どれだけ多くの可能性を頭に浮かべることができるかは重要である。翻訳はいつも推測だと考えている。

さて、この「僕はうなぎだ」を読んでどう理解するか。大切なのは、ことばではなく、状況を考え、ことばに引きずられないようにすることである。どんな状況が考えられるか。まずはできるだけ多くのケースを思い浮かべてほしい。

たとえば、この文に「名前はまだない。」が続くとする。そうすると、この文章がパロディ parodyであることがわかる。映画などもそうであるけれども、その国のおもな映画を見ていないとパロディがわからないことがある。そういうネイティブ並の文化的素養が必要になる。これは夏目漱石の「我が輩は猫である」の文頭をもじったことになる。

今日は料理店に入って食事をする場面を考える。ではどう考えるか。この状況では、もちろん、I'm an eel. ではない。文章が発せられる、または書かれる状況、条件を分析し、その場所や周りの状況(相手の問いかけは?)を検討する。この場合は、ひとりで食事をしているか。誰がいるのかということも考えてみる。

翻訳しているときに、原文のはっきりとした解釈ができない場合には、その状況を考え、原文を離れて、それを対象言語でどういうかを考えればいい。原文に引きずられないようにする方法である。

別の文章を考えてみよう。「ユーザはほかのウェブページへの移動を指示する。」この「移動」をどう訳すか。movementではない。この状況を英語で他人に伝えようとしてみる。すると"jump"という言葉が浮かんでくる。「CPUはウェブページの検索機能を持つ。CPUは、あるキーワードに対応するウェブページが検索されたとき、そのページのURLを手に入れる。」ここでは「検索されたとき」と書かれているが、筆者は「ウェブページが見つかったとき」という意味で使っている。検索しても見つからないときもある。それを考えて訳す必要がある。

さて、「僕はうなぎだ」に戻って、何が省略されているかを考えよう。どこに言葉が入りうるか。「僕_は_うなぎ_だ_。」そして何を補えばいいのか。

『英語の発想・日本語の発想』(外山滋比古、NHKブックス)から引用する。
「僕はそばだ」は「僕はそばを注文する(食べる)」を省略したり、その不正確な言い方ではない。これで必要にして充分に正確である。ほかにだれもいないときは「僕はそばだ」などと言ってはおかしい。「そば」だけでいい。「僕は」は動詞の主格の訳を果たしているのではなく、ほかの人と区別して、私についていうと、ほかの人は知らないが、私は…という限定をしている。「僕(の注文)はそば」という意味である。

3.訳しにくい言葉(日本語と英語が対応しない場合)

・「同様」と「同一」
「図6に示すネットワークは図1に示すネットワークと基本的に同様の構成である。」 「同様」とはその字のように、同じ様であることを意味するが、英語ではsameになるときとsimilarになるときがあるから、注意が必要である。

・「コンテンツ」
「ウェブページのコンテンツをユーザが評価する。」 contents or content?いつも単数にすべきか、複数にすべきかを迷う。複数の種類の内容がある場合に複数にしている。

・「記録再生装置」
  Play back or reproduction?何を記録・再生するかによっていろいろな訳が考えられる。この用語の前に来る言葉としては、画像、音声、テレビ番組、テープ、ビデオ、データなどがある。read and write apparatusと訳せるときもある。