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Updated 1998-08-01
翻訳はいわゆる「七転び八起き」の職業
by Steven P. Venti

Translation World No. 38 (August 1998)
ナビゲーター Steven P. Venti

日本に住む外国人なら、誰だって「何を目標にして日本へ来ましたか」と、聞かれたことがあると思います。素直に「仕事できた」とか、「日本の文化の勉強をしに来た」といった返事は、相手にとっても充分だと思われるのに、なぜか、私は、そうは答えられません。もちろん、私も、ワケがあって来日したのですが、それは、日本に住み続ける理由とは全く別のものだし、今の生活と全然関係なく、遠い昔の話のようです。

来日して14年目になった今でも、これといった計画も持たずに日本へやって来て、今までの長い生活の中で経験してきたことを振り返りますと、「よくここまで頑張ってきたんだな」と不思議な気持ちになります。

翻訳会社からの突然の電話で翻訳の世界に飛び込んだ

私の場合、まったくといっていいほど日本語が話せないまま来日して、英会話教師などを勤めながら日本語や日本の文化の勉強をし続けてきました。「翻訳の仕事がなんとなく面白そうな」と思った矢先、たまたま幸運なチャンスに恵まれ、翻訳の仕事に関わるようになりました。ところが、いざ取り掛かってみると、ロクな訳文もできない難しさに遭遇するという苦い経験がありました。

しかし、研究をし続けて、いつかできるようになると信じながら、とにかく、少しずつ自分の持っているものを磨いていこうとい努力を怠らずに、機会をうかがっていました。そして、やっと91年に日本語能力試験の1級に合格したことをキッカケにして、とうとう翻訳の仕事に新たな挑戦をする決心をしたのでした。

ところが、私の住んでいる町には翻訳の会社もありません。仕事をどこで探せばいいかさえ分からなくて困っていました。英字新聞に載った求人広告に応募して、何回かテストを繰り返しているうちに、「おめでとう、テストの合格したよ、仕事があり次第、連絡する」という、会社からの手紙が届きました。しかし、肝心の仕事はなかなかもらえませんでした。

そんなある日、応募した時に返事さえ来なかった会社から電話がかかってきて、「やってもらいたい仕事があるけど、来週の月曜日までに、ニフティで送ってくれるか」頼まれました。モデムという機会を見たことさえなかった私でしたが、「はい、分かりました」と返事してしまってから、近くのパソコンの店まで駆け足で行って、当時¥20,000相当もした2400bpsのモデムを買ってきてパソコンに接続して、ニフティのイントロパックを片手にし、パソコンのあれもこれもいじりながら、何とかしてつないで入会できました。次の日に宅急便で原稿が届いたら、英語を教える仕事が終わってからの時間も、その週末も、家族を放っておいて、翻訳の仕事に励みました。

あっという間に、翻訳の世界に飛び込んでしまった感じでした。

今、懐かしくて、笑い話のようになっていますが、それを全部一人でやった当時の私は、本当に必死でした。そういうふうにして、一人の翻訳者のタマゴが生まれてきたわけです。

翻訳の仕事では失敗を恐れてはいけない

それまでの勤務をやめてフリーの翻訳で飯を食うようになって、まだたったの3年目ですが、ほかの翻訳者の話も聞いてみますと、意外と、よく似た話が多いようです。

つまり、文書が書けるという、大変な技能を心得なければならないだけではなく、幅広い一般知識と種々の専門知識両方とも要する翻訳という職業は、医師、弁護士などと違って、なろうと思ってなった人が少ないと思います。あれこれしながらとうとう就いた仕事という話が多いような気がします。いわゆる「七転び八起き」の職業だと思います。

そういう意味で、実際に翻訳をやってみる人は、誰だって、いつか、何らかの形で、失敗を起こすに違いありません。また、それが恐ろしい人は、翻訳の仕事に向いていないといえるかも知れません。

先輩に相談をしてアドバイスをもらえば、苦労せずに済むと考える人もいるかも知れませんが、それでは、自分の持ち味を出し切れないといった、マイナスの面もあるような気がします。つまり、私の好きな言葉の一つですが、

Good judgment comes from experience; and experience comes from poor judgment.

優れた判断力は、豊かな経験から生まれるが、豊かな経験を生むのはつまらない判断力、なのです。

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