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先日JATの東京ミーティングで「わが翻訳稼業30年」と題してお話をしましたが、その際私が述べました翻訳を教える側の注意すべき点を二、三纏めて見ました。
94年秋、私はある翻訳学校が新設する特許翻訳講座の講師を頼まれ、入門クラスと中級クラスの講師を年2回、春と秋各3ヶ月間引き受けることになり、その後約5年これが続きました。それまで教わる側になったことはあっても、教える側になるのは私にとって全く初めてでしたが、特許翻訳者としての私の実績をよすがに、まあなんとかなるわと臨んだのは迂闊でした。例えば、講座の目標、使用教材、カリキュラム、授業の進め方のポイントなど一応の準備はしておくべきです。
とはいっても学校側の方針や構想もありますから儘ならぬこともあります。当時私が引き受けた講座の場合、広く受講希望者を一般募集しておりました。もちろんスクリーニングテスト(カウンセリングと称していた)を行い、受講者本人の希望を考慮して各クラスに割り振るわけですが、問題はこのテストの目的が何処にありやということです。学校側の担当者も一生懸命カウンセリングをやってくれてはいましたが、英語のレベル中心でしかも特許翻訳を含む全講座を対象としたカウンセリングですから、特許翻訳受講希望者に面接の際講師も立ち会うこと望んでもこれは果たせませんでした。ですから講義開始の一週間程度前に渡される受講者名簿だけを頼りにいわば不見転で授業を始めざるを得ず、察するに先生はうまく教えてくれさえすればそれで良いということなのでしょうか。
一般募集ですから受講生も千差万別で、極端な場合10代から70近い老若男女、学生、一般の勤め人、特許事務所勤務者、主婦、フリーランスの文系翻訳者、定年退職者ありで、一応英語の素養があってしかも特許制度そのものに多少の知識がある人が集まったものと当初理解していましたが、これは私の見当違いでした。つまり受講生間に英語のレベルや翻訳経験に可成個人差があることです。そこで中間レベルに軸を置けば落ちこぼれを防げるからよいと考えましたが、この中間レベルが那辺にあるかを見極めるのにかなり時間がかかり、ある程度受講者本人の個人情報、特に本人の翻訳経験についての情報があればと学校側に要請しても、受講者本人が望まなければプライバシイの問題もあって、必要な情報はなかなか得られないということに終始しました。
実際にやってみて、私も講師の仕事がかくも面倒くさいものとは予想だにしませんでした。毎回の教材の作成、後処理としては宿題の添削と採点など結構大変な仕事となりました。また講師を勤めた間に得た経験則は、常識的なことでしょうが、クラスでは多少演出をしても受講者の信頼を獲得することが得策で、最初にこの先生いい加減なことを言っているなと思われたら最後、信頼を回復するのに大変なエネルギーを要するのみならず、期末の講師に関する評価表で受講生から手ひどいしっぺ返しを受けることになります。特許文書は法律文書であると同時に技術文書ですから、技術上の質問に内心窮することがないとはいえません。そのときは慌てず、知らぬものは知らぬとはっきり答えるべきで、調べて次回に返答するとするなり、その道に詳しい受講者がいれば受けたボールを投げ返し、その人物に薀蓄を傾けてもらうのも一法です。
上記翻訳講座の各クラスの定員は10名で、授業を円滑に運営する上で妥当な員数でしたが、受講生の総数が1クラス20名を越えることもあり、また僅か4名のクラス成立ぎりぎりまでに減ることもありましたから、これには臨機応変に対処することが必要となります。講師の報酬が1コマ1時間前後で一万円(98年時)が高いか安いかは一概に断定は出来ないと思いますが、私はこの報酬が決して高くないと思っていました。しかし、例えば、視聴覚機器を駆使するとか、インターネットを活用すればより合理化できますから、一概に安いとは言えなくなるかもしれません。以上特許翻訳というどちらかといえば特殊な分野における教える側の立場を、それも可成前の私の体験を基に述べました。今は翻訳学校の実態が様変わりしていることも考えられますが、ご参考になれば幸いです。