![]() |
医薬翻訳者と名乗るにはキャリアが浅くて気恥ずかしいが、私のこの数年の足取りを披露することが初心者や志望者の役に立つならありがたい。
私は医薬関係の背景も実務経験も持っていない。元来好きな自然科学の中で翻訳の専門分野を捜したら医薬になってしまったのである。ただ自分が見聞きした限り、この分野の翻訳者には専門外からの参入組が非常に多い。
情報とつてを求めて、SWET → JAT →(IJET-13)→ MITA (Medical Interpreters and Translators Association) などの団体とそれぞれのメーリング・リストに参加してきた。これらから得られる情報の貴重さはいまさら言うまでもない。また医学翻訳実務においてはMedical English Mailing List (MedEngML)が素晴らしい。
それでも初めの頃、独学に不安を覚え、ある翻訳学校(通信一期+通学一期)の生徒となった。全く無駄だった、とは言わないが、結局独学するしかないと確認したことが最大の収穫だった。
ミーティングに来てくださった方々にはお配りしたが、以下に私のお薦めする辞書・参考書のリストを掲げておく。
| ステッドマン医学大辞典(メジカルビュー) |
| 最新医学大辞典(医歯薬出版) |
| 25万語医学用語大辞典(日外アソシエーツ) |
| 研究社リーダース+プラス |
| 研究社英和・和英中辞典・広辞苑 etc. |
| Secondhand textbooks…解剖学、生化学、薬理学 《神田神保町古書店街》 |
| 臨床英文の正しい書き方 (羽白 清 金芳堂) |
| 医学論文英訳のテクニック (横井川 康弘 金芳堂) |
| Dr. ロビンスの上手な英語医学論文の書き方 (Mary L. Robbins 医学書院) |
| 医学英訳活用辞典 (横井川 康弘 金芳堂) |
| 日本医薬品副作用用語集 (じほう) |
| 日本医薬品集DB(CD-ROM) (じほう) |
| 欧和・和欧対訳 医薬業界用語集 (日本製薬工業協会) |
| The Chicago Manual of Style |
| AMA Manual of Style |
もちろん、現在翻訳者にとっての最強ツールはGoogleだろう。しかし、インターネット上には宝とゴミが混在しているのでゴミを捨てて宝を拾い出す工夫が必要となる。とりわけ、正しい英語表現を捜す際に[ " " ]と[ * ]の使い方を知らねば著しく効率が悪い。
期待はずれだった翻訳学校(兼エージェント)が修了生に提示した翻訳料はなんと、和訳¥1,000/400字、英訳¥1,500/200 words というものであった。出席者のどなたかが言われた通り、コンビニでバイトした方がましである。2〜3回厚生省の通達を英訳したがその後ここからの仕事は断った。
同じ頃、ある医学専門の翻訳会社のトライアル(英和+和英)を受け、合格したのは良かったが、主に文献の英訳をしてほしい、という条件がついていた。「主に」とは7割、8割とかいうものでなく、現在までそこの仕事は95%以上、ひたすら症例報告の英訳ばかりである。英訳のレートは¥2,500/240 wordsで始まり、私が何度かわめいた(=駆け引きした)結果、現在¥3,000/240 words となっている。信頼できる情報によれば、ソース・クライアント(製薬会社)に対して翻訳会社は¥5,000〜¥6,000/240 words で仕事を引き受けているらしいから、私の¥3,000 は殆ど上限らしい。翻訳会社は、図表の処理、訳文の校閲とメディカル・チェックを行い納品しているので、この価格体系ではテキストの翻訳者に支払える額はその程度になるということらしい。
それにしても安い。単純な算数だが、和訳が¥1,500/枚で、英訳が¥3,000/枚とすると、一見英訳のレートは和訳の2倍である。だが英訳に2倍の時間がかかれば同じこと。3倍、4倍、5倍…もかかれば、とうてい割に合う話ではない。しかも私はしばしば徹夜して体のリズムまで壊してしまった。もっといい条件で仕事の出来る直接のクライアントもいくつかあるが、常時仕事が来るわけではないので当てに出来ない。
日本人の行う英訳については、Bill Lise氏がご自分のウェブサイトに詳しく書いておられるので、英訳する日本人は覚悟の上、ようく読まれることをお勧めする。氏の主張は正しい。が、私がこの発表の題名に暗示したように、日本人が英訳するのは必要悪である。英訳されねばならない医薬の文書が存在し、それを医薬的に正しい英文に訳せるネイティブが足りない。また、それができるネイティブはあんな値段で仕事を引き受けない。
「誰が医薬、特に製薬系医学文献を英訳すべきか?」と言う疑問に対して、私は答えを知らない。あんな料金では誰もすべきではない、というのが本音である。
私は医科大学で医学英語を教えるという仕事を得たために、毎月多少の一定額の収入がある。だから、もう徹夜仕事などやらない。しかし、医薬の翻訳には関わり続けたいと思う。優秀な翻訳者にはそれにふさわしい対価が支払われるべきである。その環境作りの一助になれれば、と願っている。