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まだかけだしの翻訳者とも言えない私がこういう場に書かせていただいてもいいのだろうかと思いながら、でもメールを下さった担当の方が気さくでかわいらしい性格をしておられたので、何かの縁かなと思い、書いてみようと決心しました。今から翻訳の仕事を始めようとされている方には少しはお役にたてるかも。でも、お願いですからプロの方は片目を閉じて斜め読み程度で流してくださいね。
私は建築設計の分野で独立して仕事をはじめて15年は経ったかと思いますが、翻訳の仕事を始めたのは、建築とは全然関係がない某小説誌に新人賞作家の応募をしたのがきっかけでした。二次予選まで残ったものの見事落選。自分の表現力の限界を感じました。もし、最後まで残ったとしてもあとが続かないだろう。こんな私が入選していたらたいへんなことになったに違いない。自分の文体、作品としての構成に嫌気がさしていたときに翻訳の通信教育が目に入り、違う世界が見えてくるかもと受けてみることにしました。でも、文芸翻訳の添削を受けたとき、お手本になる翻訳文を読んだとき、自分の個性が押さえつけられたような、作者の意図はこうなのだと言われても、なぜか納得がいかない思いだけが残り、ここでも断念。その中でコンピューター分野の翻訳だけが頭の隅に興味の対象として残っていました。
そうこうしているうちに数年が経ち、日本の経済情勢はますます悪化、本業の建築設計のほうは、これからさきどうなることやら、といった状態。そんなときパソコン通信で知り合った翻訳を生業とされている方から、建築分野に限って翻訳に挑戦してみたら?という助言をいただきました。ただし君の英語力では英日翻訳のみ飽くまでも副業としてだけですよ。と言ってくださったおかげで妙に気負うことも舞い上がることもなく某翻訳会社の技術翻訳募集のトライアルを受けてみる気持ちになれました。
建築だけだと数が少ないだろうと思い、コンピューターソフトの分野と建築分野で応募しました。送られてきたトライアル文は建築のほうがかなり密度の濃いものでした。イギリスのタイルメーカーによる施工説明書のようなもので、約1週間かけて専門用語と悪戦苦闘しながら訳しました。
そのときに感じたのは、この仕事(建築翻訳)は私の仕事だ。他の人に奪われたくない。傲慢かも知れないけれど、これは天職なのだ。そういう思いでした。もちろん英語と関わってきた期間が少ない自分にとって知らない用語もたくさんあり、どう訳せばいいのか悩んだ部分もありました。でもそれをクリアしていく過程で、これは日本語で言う役物タイルのことなのだ、とか、新しい発見があるたびに数学の問題を解いていくようなわくわくした思いが湧いてきました。英語で書かれているものを図面であったり実際の工程であったり、具体的な形に頭の中で仕上げていく、そうしていくことで自然な日本語、業界の人が読んで不自然でない日本語に置き換える。これが本来の技術翻訳なのだ。その分野のことがわかっているからこそできること、そう思いました。
トライアルは無事に合格、でもすぐには仕事は入ってこないので、受かったものの、で終わってしまうのではと不安に思っているときに最初に入ってきた仕事は半ページにも満たない、それも日英翻訳だったのです。書かれている日本語は日本古来の建築物の概要書で、理解できないものはなかったけれど、これを英語にするとなると・・・と途方にくれてしまいました。短い期間の間に同じ建築設計の仕事をしている友人から英語関係の辞書を贈ってもらい、書店では新しい建築英語関係の辞書を購入。その目安は到底載っていないだろうと思われる日本独特の建築用語が載っているかどうか、というのと、もうひとつは作者が建築設計分野のプロであること、イラストが建築という視点で正確である事、自分にとってわかりやすいことを目安にしました。
無事提出。でも、次はまたまた日英翻訳だったのです。日本語で書かれた建築分野の言葉を実際の形にイメージする。建築のプロですからこれはたやすくできるのですが、これを英語に置き換えるのが並大抵じゃない。いろいろな方々の助言を得て、なんとか英語にしていく。これはほんとうに苦しい。近くにnativeの知り合いがいたら、これでどう?なんて確認できるのですが、これが自然な英語として受け入れられるのだろうか、そんな不安の連続でした。
結局この一年でなぜか英日翻訳のほうの仕事は、たったの一度だけでした。それは図面に記入された英文を日本語にするというものでしたが、英語圏で書かれた生の図面をわくわくする思いで眺めました。このときは言葉を形にするということはほとんど必要がなく(なぜなら目の前の図面が形になっているのですから)形を言葉にするという作業。これは自分の頭の中に存在する建築の知識という辞書がフルに役立ってくれました。もちろん知らない英語あやふやな英語は図面でこうだろうとわかっても辞書で確認しました。おそらく、これを繰り返していくことで、まだまだ未熟な日英翻訳のほうにもフィードバックしていけるだろう。そういう意味において英日の仕事を数多く経験したい。そう思って次の仕事を待ち望んでいます。
2003,6,23記 吉田邦子