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Updated 1999-02-01
よい翻訳とは何か−医学・薬学関係の翻訳発注者の立場から−
by 鶴岡慶
(社)日本医師会 国際課長

JAT Bulletin 166, January 1999, JAT December Meeting Report

(注: ゲストスピーカーの鶴岡さんご自身が発言内容をまとめて下さいました。 この場を借りてお礼を申し上げます。)

よい翻訳とは何か −医学・薬学関係の翻訳発注者の立場から−

(社)日本医師会 国際課長 鶴岡慶

昨年12月に行ったプレゼンテーションでは、私は次のことを示そうとした。 すなわち、よい翻訳とは翻訳者の誠実な努力が結晶した成果物であること。 そして、そのような努力が行われやすい環境が整備されるべきであること。 そのために翻訳者が協力するシステムを構築すべきであること。そして、 これらは翻訳者の側が主体的に行う作業であって、これなくしては翻訳業界 全体としての発展は困難であること。私は、以上のことをお話しした。 つきつめれば、よい翻訳というのは「誠意のある翻訳 Translation with sincere efforts」というひとことで表現でき、このために何をしなければ ならないか、すべてはここにかかっている、というのが私の考えである。

私は、長い間、医学や薬学関係の翻訳そのものではなく、翻訳者(会社)と 翻訳(依頼)者との間をとりもついわゆるコーディネーターとしての仕事に 携わってきた。この立場からは翻訳者も依頼者もよくながめられる、 言い換えれば発注者でないと見えない部分があると感じ、それを日ごろから まとめようと考えていた。今回のプレゼンテーションを契機としてある程度整理 できたと思うので以下に簡単にその要点を示し、またいつの日か翻訳者の 方々と再検討する機会を持ちたいと思っている。

なお、ここでの展開は主として和文英訳を対象にして考えてみたい。

1.技術翻訳の特徴
最近の急速な科学技術の進歩は、科学分野のいっそうの細分化を生み、 医学分野では他と同様に以前は同じ分野として包括されたものが、いまでは すぐ隣接する分野の内容さえ正確に把握できないという。このような時代にあって、 翻訳者がこうした学問の世界から提出される論文や資料の内容を正確に把握できる ことは不可能であることはいうまでもない。しかし、翻訳(依頼)者は正確な 翻訳を期待するのである。ではどうしたらよいのか。

2.翻訳の信頼性
私の経験から、翻訳の信頼性は次のようである。まず、テクニカルタームを 正確に訳すこと。とりわけその論文の中のキーワード的タームを正確に訳す ことがその翻訳の信頼性に大きなウェイトをしめるといえる。発注者からすれば、 最も基本的タームが誤訳されていたら、その翻訳全体あるいはその翻訳者に 対して大きな疑問をいだくものである。そのつぎが内容の正確さである。 和文英文の流暢よりも、誤解されない表現で正確に内容を伝えること。
しかし、上で述べたように内容把握には限界がある。

3.翻訳の限界
和文英訳を考えてみる。手続きとして、
(1) 和文の内容把握
(2) 英文への翻訳
(3) 翻訳の調整(いわゆる外人校正)
この(1)については明らかに限界がある。(2)については内容を別の言語で 置き換えるという作業そのものの限界。(3)は現在のところきわめて危険な作業で ある。私は、外人校正が改悪となった例をいくつも経験してきた。翻訳者と 外人校正がまったく別の部屋で行われ、何の一貫性もなく流されるのが 問題なのである。せっかくの「正確な翻訳」が「流暢な誤訳」に変換されている 場合が多い。ぜひ心してほしい分野である。

以上3つの作業ともに限界をもつ。私はこれらがそれぞれよくても80%が上限で あると考えている。翻訳者はこれをまず自覚すべきである。
そこで問題は残る20%をどう埋めたらよいのか、である。

4.翻訳者の義務
論文の一部の論理展開が分からない、特殊なテクニカルタームが分からない、 商品名が分からない、略語のフルスペルが分からない。経験の深い翻訳者で あっても翻訳にあたって疑問の点は多いはずである。思いつきでこれらの急場を しのごうとするのは最悪である。このような場合、翻訳者は基本的には発注者に 解決できる情報を求めるのがベストである。それは決して翻訳者の恥ではないし、 むしろ歓迎すべき処理のしかたである。協力的な発注者であれば依頼者と 翻訳者との間に立って情報の橋渡しを行ってくれるはずである。翻訳者、発注者、 依頼者のこうした連携プレイが結ばれることが理想である。そして、大切なことは このような連携プレイが翻訳の質を上げるのだということを翻訳者側が発注者、 依頼者側に分からせる努力をすることである。道はそこから開けるはずである。

連携の中の外人校正については上で述べたが、ここで追加すれば、翻訳者の 義務の中に入れたいことがある。それは翻訳完了が翻訳者の義務終了ではないと いうことである。自分の翻訳がその後外人校正にかけられることが分かっていたら、 改悪されないように最後まで自分の翻訳を守るのが翻訳者としての義務のひとつ である。そこまでしないとプロの翻訳者としての真の上達は望めないであろう。

5.翻訳者の基本姿勢
(1) 多くの信頼できるよい辞書を備えること。最低限の努力はまず辞書を引くこと から始まる。
(2) よい専門論文を大量に読むことにより自分の専門性を高め、ボキャブラリーを 増やすること。また、英文論文の正しいスタイルを身につけること。
(3) 得意分野を中心に裾野の広い知識を集積すること。最近の急速な技術進歩を とらえるには関連分野を始め広い視野をもつことがきわめて大切である。
(4) よい英文、日本語に接することにより、ことばに対する感受性を高め、かつ 読解力の養成に努めること。
(5) 情報提供者のネットワークを作ること

(5)は重要なのでやや解説を加えたい。
私は、翻訳者は決して閉ざされた世界の職人になってはならないと思う。 これからは翻訳者は共同体制を組んで翻訳全体のレベルを上げるべきであろう。 専門の翻訳者はその人自身が専門的辞書であり、専門的解説書である。 したがって、翻訳者のグループがあればそのメンバーたちがお互いを情報 提供者として協力することはできなものであろうか。もし、自分の受けた仕事の 中に専門外の内容が出てきた場合、また専門外のタームの意味が分からない 場合、そしてそれが分かれば全体の内容の把握が急速に進むと予想される場合。 必死になって関連辞書や書物を調べても分からない。発注者に聞く前にこの時 こそ、その翻訳グループの中での情報交換で解決できないものか。翻訳者 としての自尊心が許されないというのであれば別だが、はたしてそれでよいのか。 この例は適例ではないかもしれないが、私は、翻訳者側はより共同体制を密に すべきであると考えている。私の立場からはそう見えるのであって、翻訳者同志で の自尊心はきわめて邪魔な存在にさえ思える。いかがであろうか。

6.まとめ
以上、翻訳また翻訳業界について私の考えるところを簡単にまとめてみた。 私は、基本的には翻訳者側が動かなければ、何も決して動かないと思う。 翻訳依頼者、発注者は何もしないであろう。したがって、現状を打破してよい システムを構築するのは翻訳者側の仕事である。それには翻訳者が結束する しかない。そして、よい翻訳を得るためにはどのようなシステムを作ることが 必要なのか、その必要性について依頼者や発注者に働きかけ説得しなければ ならないし、その働きかけは翻訳者全体の義務であると思う。翻訳者集団は もっとオープンな世界を築いてゆくべきであり、決して閉じこもった職人に なってはならない。

私は、よい翻訳とは「誠意ある翻訳」ということばに言いつくされると考えて いるが、このことばのもつ意味は深い。それを真に実現するには新しいシステムの 構築が必要である。

私は、将来、翻訳者はひとつの頭脳集団として組織的・機能的に動いてゆく 必要があると考えており、それが日本の翻訳業界全体の底上げを保証する 第一の条件であると思うのである。


ここでまたちょっと一休み…

日本の小中学生のテストでの迷解答
 社会  古代エジプトで使われていた紙をなんと呼ぶか?  答:ピクルス
 社会  日本の総理大臣の名前を書け。姓のみでも可。
     (忘れた上に、姓を性と読み間違えて…)    答:男性
 理科  次の原子記号は何という物質を表すか。  he    答:彼

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