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Updated 2000-09-01
「ハリー・ポッター」の翻訳者, 松岡佑子さんに聞く
by 松岡佑子

JAT Bulletin 184-185, July-August 2000

今回は、J.K. Rowling 作 Harry Potter and the Philosopher's Stone の日本語版(「ハリーポッターと賢者の石」。本の詳細はこちらを出版した「静山社」の社長で、自ら翻訳も手がけられた松岡佑子さんへのインタビューをお届けします。

松岡さんは5、6年前に一度、スピーカーとしてJATの月例会にお招きし、通訳教授法などについてお話し頂きました。超一流の同時通訳者で、allc(国際会議通訳者協会)の数少ない日本人会員でもあります(松岡さんの経歴については、「ハリーポッターと賢者の石」のあとがきまたはこちら)

つい先日、シリーズの第4作目(Harry Potter and the Goblet of Fire)がイギリスとアメリカで発売されましたが、英米合わせての初版発行部数は530万部という記録的な数字となりました。近々、ワーナーブラザースによる映画化も予定されており、日本での人気も急上昇中です。シリーズは
全7冊で、2003年に最後の本が出版される予定です。

松岡さんからは、「これからあと6巻翻訳するわけですから、JATの皆さんにも、翻訳上の建設的なご批判を頂きたい」というメッセージも寄せられました。会員の皆様のなかに、ポッターの読者(英語版、米語版、日本語版、etc.)がいらっしゃいましたら、是非コメントをお待ちしております。


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JAT Bulletin は、「五体不満足」の翻訳者ジェリー・ハーコート(Gerry Harcourt)さんへのインタビュー記事を5月号に掲載しました。その中でハーコートさんは、松岡さんと「ハリー・ポッター」に言及しておられましたが、お二人は昔からのお知り合いでしょうか?

松岡
ジェリーと知り合ったのは1992年の8月からモントレー国際大学院(IIS)で教鞭をとった時です。わたしは客員教授として1年間(2学期で9月から5月ですから正味9ヶ月)通訳翻訳(T&I J-Translation and Interpretation, Japanese)を教えることになり、ジェリーは翻訳の教授として私よりも半年早く MIIS に着任していました。二人で同じオフィスを使いました。おかげで、何もかも初めての私は(アメリカに住んだのも初めてでした。)学校のことから生活のことまで、ジェリーにいろいろ教えてもらいました。

母校は ICU (International Christian University: 国際基督教大学)ですが、MIISで客員教授をしながら、学生として国際問題関係の単位をいくつか取りましたので、学問を続けたくなり、国際政治学修士号を取ることを決心しました。日本と米国を何度か往復し、通訳の仕事も続けながら、それから4年間で MIIS の修士号を取得しました。

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「ハリー」と出会われる前に、翻訳の仕事を手がけられたことはおありですか?

松岡
文芸書の翻訳は初めてです。知的所有権の専門書は2冊、弁理士の先生の依頼で下訳をしたことがあり、QCサークルについてのロングセラー「QCサークル綱領(Principles of the QC Circle)」)を英訳して出版した経験はあります。

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ハーコートさんは前述のインタビュー記事の中で、「ハリー」の翻訳について次のように述べておられました:

"…. Also, it seems to me that, in English, books written for young adults and even preteens are stylistically closer to adult books than is the case in Japanese. As it happened, over the same period my friend Yuko Matsuoka was doing the Japanese translation of Harry Potter and the Philosopher's stone another book hat has been hugely successful among all ages in its original language, and she faced the opposite challenge: finding a style that wouldn't exclude younger readers, which she was afraid that too-direct translation would do…."

実際はいかがでしたでしょうか? 翻訳の際には多くの協力者が集まったとのことですが、たとえば対象年齢層の子どもに読んでもらってチェックするということもなさったでしょうか? ふりがながふってありますので、小学校中学年程度でしたら自分で読め、もっと小さい子でも読み聞かせすれば十分わかるように仕上げておられると思いますが、最低何歳くらいを読者と想定して訳されましたでしょうか?

松岡
どの年代の読者を想定して訳すか、ずいぶん考えましたが、自分が原書を読んだときに受けた感動とおもしろさを日本語で表現するには、まず自分が知的に満足できる表現にすべきだという結論に達しました。児童書という考えを捨て、全ての年齢層におもしろいと思ってもらえるように心がけました。原書は初め「9歳から11歳」とい うカテゴリーになっていましたが、すぐに「11歳」という枠がはずれ、「9歳以上」のカテゴリーになりました。私の翻訳の方は、本好きの子供なら、6歳ぐらいでも読めると思っていましたが、じっさい6歳の子供からもファンレターをもらいました。

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JAT-listでも話題になった"You Know Who" は結局、「例のあの人」と訳されましたが、これが一番苦労なさったキーワードでしょうか?

松岡
苦労した言葉はたくさんありますが、You-Know-Whoは最後まで納得できないまま「例のあの人」(括弧をつけて傍点をふる)で妥協しました。

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雑誌 Language International の記事("Farewell, Father Christmas" by Neil Harper: April 2000)によりますと、Harry Potter and the Philosopher's Stoneのアメリカ版は、タイトルのPhilosopher's StoneがSorcerer's Stoneとなり、marks がgrades に書き換えられるなど無数の「ローカライズ」作業がなされたそうです(手元のアメリカ版でも確認)。
そして

"…Certainly the adaptation of a text for a foreign readership whilst simultaneously maintaining the impression of the original is a goal that all good translators strive to achieve. What is unfortunate is that the US editors seem to have gone at the Harry Potter texts with a hatchet instead of a scalpel…"

と、批判もされています(たとえば、blowing gumが bubble gumになっていないなど、置き換えが首尾一貫していない面もあるそうです。)

この点についてはどうお考えですか? 同じ「英語」間ですらこのような問題があるのですから、日本語に訳する場合はなおさら、「読みやすさ」のためにメスでなくナタまでをふるわざるを得ない場合もあったかと思いますが、苦労なさった例を挙げていただけますか。方言とか、イギリス独特のモノとか・・・(たとえば私は子どもの頃、イギリスのお話によく出てくる「しょうが入りクッキー」ってヘンな食べ物だと思っており、自宅でもよく作っていたgingerbreadと同じものだと気が付きませんでした)。

松岡
アメリカ英語に慣れた日本人は、アメリカ版の方がずっとわかりやすいと言うようです。アメリカの子供たちのあいだでイギリスを凌ぐブームになったのは、ローカライズがなされたおかげだろうと、アメリカの出版社の努力に対し私は積極的な評価をしています。さらに、アメリカ版の編集者とは、ハリーを通じて知己を得ていますが、J.K.ローリングを高く評価していて、情熱を傾けてアメリカ版をつくった人です。ナタであろうとメスであろうと、理論的評価は別として、結果が手段を正当化していると思います。

日本語版は原文のもつ雰囲気をできるだけ忠実に伝えるため、イギリス的なものはそのままイギリス的なものとして残すよう努力しました。しかも、いちいち訳注をつけずに、文章の流れの中でどんなものなのかを想像できるようにしました。

食べ物は訳しようがない場合が多いようで(対応する食べ物が日本になかったり、魔法の国の食べ物は当然対応するものがない)大部分は雰囲気だけが伝わるように訳出しています。苦労した例として、knickerbocker gloryは(アメリカ版でもそのままになっています)、イギリス人でもこれが何かを知らない人がたくさんいました。この言葉で何を訳出しなければならないか考えましたが、第一にダドリーが「大きな甘いもの」を買ってもらったのにそれが「小さい」と駄々をこねるという風景です。「大きな」ものでknickerbocker gloryに近いイメージを与える食べ物をさがすことにしました。もう一点は、「ダドリーがブクブクふとっていて、健康に悪いような食べ物ばかり食べている」というイメージが伝わるようにすることでした。この二つの条件を満たすものとして「チョコレート・パフェ」と訳しました。

JAT
この翻訳を手がけられたことで、同時通訳の方のお仕事にも何か影響がありましたでしょうか? 逐次通訳ですと、書かれた原稿を訳する場合が多いので、翻訳と通訳の双方を手がけると相乗効果があるような気がするのですが(たとえば翻訳をすることで通訳する際の話し言葉がsloppyでなくなり、通訳をすることで翻訳スピードが上がる・・・ような気が
します)、いかがでしょうか。

松岡
翻訳を手がけたからというより、ベストセラーを出したことで、通訳をする時間がなかなか取れなくなりました。通訳と翻訳の関連性ということでいうならば、両方を手がけることで両方の技量が上がるというより、通訳なら通訳、翻訳なら翻訳でよい仕事をするように研鑚し、努力する方が夫々の技量が上がると思います。両方を手がけることで改善を図るより、夫々の分野で改善を図るのが正攻法でしょう。私個人の経験として、これほど打ちこんで翻訳をしたおかげで、通訳の技量が上がったかといえば、否だと思います。むしろ通訳をする時間が少なくなり、通訳の現場の感覚を失うことを恐れます。一方、翻訳の難しさと楽しさを知ったこと、これが、初めて本格的に翻訳をしたおかげで手にした、大きな収穫です。

JAT
日本語版発売から半年近く経ちましたが、松岡さんに直接届く読者からの反響は予想通りでしたでしょうか、英語圏とはまた違った反応はみられますか? また読者層は予想通りでしたでしょうか(調べたわけではないのですが、英米より高い年齢層−十代後半から二十代まで−をとりこにしているような印象があります。)

松岡
読者の反響は予想どおりでした。愛読者カードがあまりに多いので、出版業界の人たちが驚いています。愛読者カードを読むと、私が感じた興奮、感激と同じ気持ちを感じてくださっています。早く第2巻を出して欲しいという声に励まされます。

愛読者カードを書いてくださった読者の年齢は、6歳から88歳。欧米より高い年齢層かどうか、調査しないと正確なことはわかりませんが、欧米でも大人が子供と一緒に夢中になって読んでいるので、日本だけが年齢層が高いとは思いません。ビデオ・ゲームなどの影響で、児童の読書離れ現象があるので、欧米の子供たちの間での人気の方が、大人たちの間での人気より目立つのでしょう。日本でも学校で口コミで広がっており、
子供たちから静山社宛に熱烈なファンレターが来ていますので、欧米と
日本とが大きく違うとは思いません。むしろハリー・ポッター・シリーズが
国境を超え、年齢を超えて、幅広い層に人気があるということの方が印象的です。

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最後に第2作 Harry Potter and the Chamber of Secrets の日本語版の出版予定は?

松岡
第2巻発売は、9月中旬の予定です。

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おまけの質問: 第3作目のHarry Potter and the Prisoner of Azkabanは、2000年のウイットブレッド文学賞を逃しましたが、松岡さんは受賞に値する作品だったと思っておられますか?

松岡
ウィットブレッド賞が、これまでどのような作品にどんな基準で与えられで来たのかを、私は知りませんので、賞に値する作品だったかどうかの評価はできませんが、(ただし、ウィットブレッド児童文学賞が今年初めて設けられ、その賞はJ.K.ローリングが受賞したはずですが)新聞を読みますと、ハリー・ポッター・シリーズのあまりの評判の高さに、それが大賞に選ばれなかったことの説明をする必要に迫られた選考委員たちが、大賞発表の歴史上初めて、ウィットブレッド大賞の次点を発表したと聞いています。(つまり次点がJ.K.Rowlingであったことを発表しました。)人気度で賞を決めるなら、当然受賞すべき本でしたが、7巻を全部出版し終わってから受賞してもよいのではないでしょうか。ローリング女史はもう十分いろいろな賞を受賞していますし、最近英国女王からCBEの叙勲を受けましたし、スコットランドで一番歴史の古いSt.Andrews大学から名誉博士号を与えられています。

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