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Professor Michihiro Hirai
Faculty of Science
Kanagawa University
平井 通宏
神奈川大学理学部特任教授
2005年現在日本で実施されている翻訳(和英・英和)関係の主な検定試験について簡単に報告する。
1. 総論
現在、日本で実施されている主な翻訳検定試験(英語-日本語間翻訳に限定)を、下表に掲げる。
|
名称 |
実施団体 |
和英 |
英和 |
分野の数 |
級別 |
自宅受験 |
診断フィードバック |
|
ほんやく検定 |
日本翻訳連盟 |
○ |
○ |
6 |
1 – 5 |
可 |
なし |
|
翻訳技能認定 |
日本翻訳協会 |
総合 |
4 |
1 – 4; |
不可 |
なし | |
|
プロフェッショナル翻訳能力認定 |
バベル・アセスメント運営委員会 |
─ |
○ |
5 |
1 – 5 |
可 |
あり |
|
TQE(翻訳実務検定) |
サン・フレア・アカデミー |
○ |
○ |
14 |
1 – 5 |
可 |
あり |
|
ビジネス翻訳士 |
ビジネス教育学会 |
総合 |
なし |
なし |
不可 |
なし | |
|
知的財産翻訳検定 |
日本知的財産翻訳協会 |
○ |
─ |
なし* |
1 – 3 |
可 |
あり |
注1)いずれも、級を通じて共通問題(ただし、分野によって問題は異なる)。
注2)いずれも、辞書の参照は基本的に可。
注3)さらに自宅受験可の試験では、参考書やインターネット等、何を参照しても可。
*) 資格タイトルとしての分野区別はないが、試験問題には、分野による選択あり。
翻訳関係の検定試験がTOEIC® や英検のような一般英語試験と違う点は、リスニングとスピーキングの能力を問われないことと、生成された文章の質に対する審査の眼が厳しいことであろう。一般英語の試験では、検定試験ごとに多少の差はあるものの、文法・語彙の知識、読解力、聴解力、発音、表現力、文章構成力等、広範囲な言語能力が評価される。一方翻訳検定試験では、一部の例外(翻訳技能認定)を除いて、文法・語彙を直接テストされることはなく、読解力、表現力および [部分的ではあるが] 文章構成力を総合した産物としての訳文の質を評価される。質としては、正確さに加えて、読みやすさや自然さが強く要求される。その意味で翻訳検定試験は、技術点と芸術点の両方が同じ比重で審査されるフィギュア・スケートや新体操の競技と似ている。また産業翻訳の場合、その性格上技術的内容が深いうえ、用語の選択や言い回しが厳しく吟味されるので、専門知識や業界での経験が英語の知識以上にモノをいう。これらの点から、一般英語試験で高得点をとった人といえども、それなりの訓練なしに翻訳検定試験で好成績をあげるのは難しい。
異言語間のコミュニケーションという、翻訳の本来の使命ないし目的に鑑みると、単なる文単位の翻訳を超え、原文の構成(文の順序や修辞(レトリック))を目標言語に合った形に直した上で、目標言語で表現し直すことが、究極的には望ましい。しかし現在の日本の英語能力評価体制がそこまで成熟しているとは言い難い。例えば、日本語原文の冗長性を排除して分かりやすい英語に「書き替える」と、「原文に忠実でない」として減点の対象にする翻訳検定試験や、クレームを唱える顧客が多いようである。したがって、アルファベットを並べることで生計を立てる者としては、顧客や試験採点者の顔色をうかがって、英語の修辞に基づく英作文というアプローチと、逐語訳(逐文訳)に近い狭義の「翻訳」というアプローチを使い分けるのが賢明であろう。早稲田大学-ミシガン大学 TEP テストや工業英検に代表されるテクニカル・ライティングと「翻訳」とは、世界が違うのである。その意味で受験者は、ここに挙げた検定試験のほとんどが後者に属することを、肝に銘じる必要がある。
現在実施されている翻訳検定試験の大半は産業翻訳の分野に属するが、これは、ニーズおよび評価の容易さの点からうなずけよう。文芸翻訳を扱っているのは、筆者の知る限り、1970年代の外国文学翻訳士試験(実施元の外国文学翻訳協会は現在存在しない)の他に、プロフェッショナル翻訳能力検定と TQE だけのようである。したがってここでは、話を産業翻訳に限定する。またここに掲げる個々の検定試験の難易度や「質」の評価は、あくまでも実際に受験した(知的財産翻訳検定を除く)筆者の独断に基づく主観的なものであることをお断りしておく。
2. 各論
(A) ほんやく検定
約20年の歴史をもち、出題内容や採点基準等の面から、標準的で質が高く、権威ある検定と評価できる。問題は和英・英和とも、1ページ程度の文章で、2時間という十分な時間が与えられるが、その分、練りに練った訳文を作成することが要求される。一般英語試験で高得点を得ている人でも、ほんやく検定1級の取得は非常に難しい。
URL: http://www.jtf.jp/07.html
(B) 翻訳技能認定
もともとは、翻訳技能審査(1987年発足)と称し、翻訳関係の検定試験としては唯一国家(労働省/厚生労働省)認定であったが、行政改革の一環として国による資格認定制度のほとんどが廃止されたことに伴い、2003年度より翻訳技能認定として再発足した。国家認定であった事実から見ても、権威がある。出題内容は、翻訳技能審査と多少の差異はあるが、ほぼ同じと見なしてよい。他の翻訳検定試験と違う点は、会場受験方式(自宅受験不可)であることと、英文法の知識やパラグラフィングの知識を直接テストする問題、さらには要約文作成の問題が出題され、比較的広い範囲の英語能力をチェックされることである。ある意味では、テクニカル・ライティングの要素も採り入れていると言えよう。その裏返しとして、個々の課題文は短く、成績判定における訳文の質の比重も相対的に小さいと思われる。したがって、一般英語試験で高得点を得ている人は、翻訳実務経験が浅くても、他の翻訳検定試験に比べて比較的上級を獲得しやすいと思われる。
URL: http://www.jta-net.or.jp/jta-10.html
(C) プロフェッショナル翻訳能力検定
翻訳者養成で実績のあるバベル・グループが始めた比較的新しい翻訳検定で、現在のところ英和翻訳(他に仏和あり)のみである。出題内容は、ほんやく検定と同様、各分野の最新の記事、論文またはマニュアルから出題されることが多い。1ページ前後の課題2題に対して3時間と、比較的十分な時間が与えられるが、それだけ、磨き上げた訳文が要求される。難易度は、ほんやく検定と同程度と判断する。成績通知書に、診断コメント(フィードバック)がついてくるのが有難い。
URL: http://www.babel.co.jp/bpl/bpl.html
(D) TQE(翻訳実務検定)
1975年に(有)国際文化科学技術翻訳研究所(現サン・フレア・アカデミー)が科学技術翻訳実務士資格検定発掘試験として始めたもので、ここに紹介する検定試験の中で最も歴史がある。出題内容および分量/時間は、ほんやく検定およびプロフェッショナル翻訳能力検定と類似しているが、成績判定基準が非常に厳しく、プロの翻訳家でも1級をとるのは至難の技である。この試験も、成績通知書に診断コメント(フィードバック)がついてくるのが有難い。
URL: http://www.sunflare.com/academy/tqe/index.html
(E) ビジネス翻訳士
ビジネス教育学会という団体が実施している、一般ビジネス英語の翻訳検定であるが、残念ながら知名度は低い。他の翻訳検定ほどには専門性が要求されず、一般英語試験で高得点を得ている人なら、翻訳実務経験が浅くても、比較的容易に攻略できるであろう。
問合せ先: ビジネス英語教育学会資格審査委員会(電話: 03-5820-2194)
(F) 知的財産翻訳検定
2004年12月に発足(第1回試験を実施)した、新しい翻訳検定で、文字通り知的財産権(特に特許)翻訳に的を絞っている。特許翻訳技量そのものの検定は、ほんやく検定および TQE にも一つの分野として設けられているが、知的財産翻訳検定ではそれに加えて、技術理解力および特許制度・実務に関する基礎的な英語知識をもテストする、としている。その観点から、1級については面接試験も用意されている。筆者は未だ受験していないので、難易度その他についてはコメントできない。
URL: http://www.nipta.org/NIPTA_J.html
3. 結言:たかが試験、されど試験
現在日本には、翻訳以外にも英語の検定試験が40種類以上あり、まさに群雄割拠、検定戦国時代の様相を呈している。これは、流派ごとに独自の基準で段位や級位を授ける武道の世界に似ている。ある流派の高段者といえども、別の流派にいけば、無級からやり直さなければならない。その背景には、目的やジャンルごとの基準に従った検定でなければ意味がない、というもっともな理由と、その裏返しとして、検定試験不信の根強い風潮がある。現に、ここに挙げた翻訳検定の上級資格取得者でも、トライアルを受けて合格しなければ特定の顧客(翻訳エージェントを含む)から仕事がもらえないことが多い。
資格とトライアル、評価基準と評価体制、品質と報酬レベル等の関係を論じるとパンドラの箱を開けることになるので、ここでは深入りしないが、業界として、翻訳能力、広くは英語能力の評価尺度に関し、なんらかの標準化の努力が必要ではないだろうか。
品質管理について、近年さまざまな標準化の努力がなされ、それなりの成果を上げている。例えば1980年代後半に、ISO 9000系の国際規格が制定された。この規格の対象範囲は、当初、製造業であったが、最近、サービス業等を含めた産業全体、さらには公共事業体にまで、また単なる品質管理から経営管理にまで拡大しつつある。このISO規格は、主として管理方法の枠組みを規定している。一方、サービスの範疇に属する教育に関しては、最近日本技術者教育認定制度が発足し、1999年には日本技術者教育認定機構(JABEE)が設立された。JABEE では教育の質に関し、具体的な内容についても踏み込んで規定しているようである。また、語学能力評価に関しては、欧州で ALTE (Association of Language Testers in Europe) という組織が、欧州諸言語の能力評価に共通に適用できる尺度(ALTE Scale)を制定し、様々な検定試験の成績を客観的に比較できる仕組みを作っている。ALTE は一般英語(他に仏語、独語等)の世界での基準であり、そのままでは専門英語が主体である翻訳の世界に適用できないが、考え方としては面白い。
こうしたISO、JABEE や ALTE の動きは、供給者と需要者/消費者の間で、製品やサービスの質に関して議論するための共通の基準を与えるという画期的な意義をもつ。評価や判断の基準を関係者が共有することこそが、価値の提供あるいは品質の向上という究極的目標実現の第一歩なのである。その意味で、日本における各種翻訳検定試験の標準化努力が望まれる。