定刻2時、数分遅れて開始しました。
第一部として「無生物主語構文」、そして第二部として「因果構文」を、途中、休憩を挟みながらお話をしました。
第一部 無生物主語構文
ここで取り上げた「無生物主語構文」というのは、私が35年前から研究してきたもので、「もの」ではなく「こと」―――「何々がどうであること」、「何々が何々すること」、「何々を何々すること」などーーーを主語にした英語独特の構文で、日本語にはなく英語にだけ発達している構文です。そのため、英日翻訳はもちろんのこと、日英翻訳においても極めて重要な構文です。とくに、英日翻訳においては、この構文を上手に処理すると、翻訳臭のない自然な日本語に訳すことができ、また、日英翻訳においては、この構文を上手に活用すると、極めて簡潔な英語に訳すことができます。この講演では、英和翻訳の際、二つのステップを使って「無生物主語構文」を自然な日本語に訳すテクニックを示し、ついで、このステップを逆に使って、和英翻訳の際、「無生物主語構文」を使った簡潔な英語に訳す手法を紹介しました。
数多くある無生物主語のパターンを、ここですべて述べることもできませんので、ここでは、代表的な次の三つのパターンについて簡単に記します。
(1) 形容詞+名詞パターン
(2) 名詞(自動詞から)+名詞パターン
(3) 名詞(他動詞から)+名詞パターン
そもそも無生物主語構文は、「因果関係」を表す時に使われる構文で、日本語のように、「原因」と「結果」をそれぞれ節や文で書くのではなく、「原因」を主語に、「結果」を述部に据え、一つの文章で「因果関係」を表してしまう構文です。代表的な三つのパターンに入る前に、それぞれのパターンに共通した和訳手法を紹介します。
それには二つのステップがあります。一つは「主語」の処理であり、もう一つは「述部」の処理です。
第一ステップ: 英語では主語である「語」や「句」(すなわち、「何々の何々」)を日本語では「節」(すなわち、「何々がどのようだと」、「何々がどうすると」、「何々をどうすると」など)にします。
第二ステップ: 英語では「述部」となっている「他動詞+目的語」(すなわち、「何々をどうさせる」)を日本語では「主語+自動詞」(すなわち、「何々はどうする」)にします。
(1) 形容詞+名詞パターン
これは、主語に「形容詞+名詞」がきている構文です。
第一ステップは主語の処理です。英語の「どのような何々は」という主語を、日本語では「何々がどのようだと」(「原因」を表している場合)とか「何々がどのようなので」(「理由」を表している場合)などと訳します。
第二ステップは述部の処理です。英語の「何々をどうさせる」を、日本語では「何々はどうする」と訳します。実例でみてみましょう。
Higher operating temperatures shorten the lubricant life.
この英文を直訳すると、「より高い作動温度は、潤滑剤の寿命を短くする」となります。これでは翻訳臭があり、何故かしっくりした訳とはいえません。それには理由がありますが、それについては、ここでは触れません。
そこで、上に述べたステップを踏んで訳していくと、「主語」は第一ステップにより、「作動温度が高いと」となり、「述部」は第二ステップにより、「潤滑剤の寿命は短くなる」となります。すなわち、「より高い作動温度は、潤滑剤の寿命を短くする」という直訳調の日本語が「作動温度が高いと、潤滑剤の寿命は短くなる」となります。これが、いわゆる、「言葉の置き換え」翻訳ではなく「意味の置き換え」翻訳というものです。
(2) 名詞(自動詞から)+名詞パターン
つぎは、主語に「名詞+名詞」がきている構文です。この場合、最初の「名詞」は「自動詞から転じてきたと考えられる名詞」です。早速、実例をみてみましょう。
The rotation of the drum causes the water to flow out of the outlet opening.
主語は、「自動詞から転じてきた名詞、rotation」+「普通名詞、drum」です。このrotationを「自動詞、rotate」に戻します。
注1: もちろんrotateには、「回転させる」という「他動詞」もあります。しかし、このように使われている場合は、もとの動詞は「自動詞」であると考えます。今回は触れませんが、他動詞として使われている場合は、無生物主語構文における主語としては、Rotatingという形で現れます。
まず「主語」は、第一ステップにより、「ドラムの回転」を「ドラムが回転すると」とします。第二ステップは「述部」の処理ですから、「水を出口から流出せしめる」を「水は出口から流出する」とします。そうすると、「ドラムの回転は、水を出口から流出せしめる」という英語から飛び出してきたような日本語が、「ドラムが回転すると、水は出口から流出する」という自然な日本語になります。
注2: causeという動詞は、技術文に頻出する、とても重要で、かつ厄介な動詞です。その訳し方も、主語が普通名詞か無生物主語か、パターンがcause +目的語、cause +目的語+to不定詞、cause +目的語+(他動詞の)to不定詞+目的語か、などにより違ってきます。ここでは詳しく触れることができませんので、いずれかの機会に譲りたいと思います。
(3) 名詞(他動詞から)+名詞パターン
三つ目も、「名詞+名詞パターン」です。しかし、この場合、最初の「名詞」は「他動詞から転じてきたと考えられる名詞」です。これも、実例をみてみましょう。
The use of pressure-tight solenoids allows a low-cost valve design.
「主語」は、「他動詞から転じてきた名詞、use」+「普通名詞、solenoids」です。このuseを「他動詞、use」として使います。
まず第一ステップにより、「耐圧ソレノイドの使用」を「耐圧ソレノイドを使用すると」とします。第二ステップは述部の処理ですから、「低価格のバルブ設計を可能にしている」を「バルブを低価格で設計できる」とか、「低価格のバルブが設計できる」とか、「低価格のバルブ設計が可能である」などとします。そうすると、「耐圧ソレノイドの使用は、低価格のバルブ設計を可能にしている」という直訳調の日本語が、「耐圧ソレノイドを使用すると、低価格のバルブが設計できる」という自然な日本語になります。
注1: 今、主語を、「理由」として処理しましたが、「原因」として処理すると、「耐圧ソレノイドを使用しているので」となります。「理由」か「原因」かということは、文脈でしか分かりません。
注2: allowという動詞も、技術文に頻出する動詞で、辞書に出ている訳語では、ほとんどの場合訳すことのできない、極めて大事な動詞です。
以上、典型的な「無生物主語構文」を説明してきましたが、まだまだ、いろいろなパターンがあり、「擬似無生物主語構文」まで入れると、大きく分けて14のパターンがあります。さらに、否定詞を含んだ「無生物主語構文」まで含めると25のパターンがあります。
第二部 因果構文
「風邪が吹くと桶屋が儲かる」という話があります。すなわち、「風が吹くと埃が舞う。埃が舞うと人間の目に埃が入る。→ 途中省略 → 猫がいなくなると鼠が増える。鼠が増えると桶がかじられる。桶がかじられると桶屋が儲かる」というもので、10個くらいの因果関係から構成されています。
これほどではありませんが、技術文というものは、いくつもの因果構文のつながりといっても過言ではありません。そこで、第一部で述べた「無生物主語構文」も含め、因果関係の表現を総動員して、たくさんある因果関係を一つの文章で表したり、複数の文章で表したり、いろいろ考察を加えてみました。
まず、因果関係の表現を次の三つに大別しました。
(1) 最初の因果関係(当然、文頭に来る。下のチャートでは□―○で表示)
(2) 二つ目以降の因果関係(そのうち、文中に来るもの。下のチャートでは□―○で表示)
(3) 二つ目以降の因果関係(そのうち、文頭に来るもの。下のチャートでは□―○で表示)
ここで、□は「原因」を、○は「結果」を表しています。
ついで、これらの因果関係が、実際の技術文ではどのように組み合わされているかをチャートに表してみました。下のチャートは、その組み合わせを表すもので、縦の欄が「因果関係の数」、横の欄が「文章の数」です。(注:3個の因果関係を2個の文章で表示する場合には、どこで文章をきるかにより2種類の組み合わせがあることを示しています) 4個以上の「因果関係の数」、3個以上の「文章の数」は、すべて、この考え方が適用されます。

ついで、上記(1)、(2)、(3)に対する英語の表現法を考えてみました。ここでは詳細の説明は避けますが、おもな表現方法として次のものがあります。
(1) 最初の因果関係(当然、文頭に来る)
① When (If) S + V ….., s + v …..
② 無生物主語構文
(2) 二つ目以降の因果関係(そのうち、文中に来るもの)
③ to不定詞(「結果」を表す「副詞的用法」)
④ which パターンの因果構文
⑤ ing パターンの因果構文
(3) 二つ目以降の因果関係(そのうち、文頭に来るもの)
⑥ This パターン
⑦ As a result、他
そこで、4個の因果関係を内包している技術文(下掲)を俎上に乗せ、いろいろな因果関係の表現を使って、「技術翻訳」というよりも「プレー」ないしは「ゲーム」感覚で英語を組み立ててみました。
入力が増加すると、ダイアフラムは下方に動かされ、ブリード・バルブを開く。それにより、ダイアフラム室の空気は大気に流出し、ダイアフラムは、上方に動く。
この例文は、明らかなように4個の因果関係から成り立っています。本来であれば、(3)の
⑥と⑦も駆使して、2個の文章や3個の文章で書いてみるのも面白いのですが、そうすると、あまりにもバリエーションの数が多くなってしまいますので、(1)の①と、(2)の③、④、⑤だけを使って、考えられうるすべての組み合わせに挑戦してみました。もちろんこれは単なる考えられうる組み合わせですので、実際の文章としては、滅多に使わないものもあれば、不適切なものもあります。そのあたりは。目を瞑ってください。(注:一つ目の因果関係は、すべて、(1)の①を使っています)
1 When the input increases, the diaphragm is moved downwards to open ③ the bleed valve, which allows ④ the air in the diaphragm chamber to flow out to atmosphere, causing ⑤ the diaphragm to move back upwards.
2 When the input increases, the diaphragm is moved downwards to open ③ the bleed valve, allowing ⑤ the air in the diaphragm chamber to flow out to atmosphere, which causes ④ the diaphragm to move back upwards.
文章1および2は、二つ目の因果関係はともに③を使い、三つ目の因果関係と四つ目の因果関係が逆になっています。
3 When the input increases, the diaphragm is moved downwards, which opens ④ the bleed valve to allow ③ the air in the diaphragm chamber to flow out to atmosphere, causing ⑤ the diaphragm to move back upwards.
4 When the input increases, the diaphragm is moved downwards, which opens ④ the bleed valve, allowing ⑤ the air in the diaphragm chamber to flow out to atmosphere to cause ③ the diaphragm to move back upwards.
文章3および4は、二つ目の因果関係はともに④を使い、三つ目の因果関係と四つ目の因果関係が逆になっています。
5 When the input increases, the diaphragm is moved downwards, opening ⑤ the bleed valve to allow ③ the air in the diaphragm chamber to flow out to atmosphere, which causes ④ the diaphragm to move back upwards.
6 When the input increases, the diaphragm is moved downwards, opening ⑤ the bleed valve, which allows ④ the air in the diaphragm chamber to flow out to atmosphere to cause ③ the diaphragm to move back upwards.
文章5および6は、二つ目の因果関係はともに⑤を使い、三つ目の因果関係と四つ目の因果関係が逆になっています。
さらに、(3)の⑥や⑦もちりばめて書くと、下のようになるのですが、組み合わせの数がやたらに多くなりすぎますので、この試みはやめました。
1’ When the input increases, the diaphragm is moved downwards to open ③ the bleed valve. This allows ⑥ the air in the diaphragm chamber to flow out to atmosphere, causing ⑤ the diaphragm to move back upwards.
1” When the input increases, the diaphragm is moved downwards to open ③ the bleed valve. As a result, ⑦ the air in the diaphragm chamber is allowed to flow out to atmosphere, causing ⑤ the diaphragm to move back upwards.
その他、(1)因果構文は事象・物象の発生順に訳すこと、(2)文頭の因果関係を忠実に表現すること、(3)やたらにandでつなげないこと、(4)④の表現は乱用しないこと、(5)一つの文章では最大4個の因果関係に留めること、しかし、過度のぶつ切りは避けること、などの補足説明の後、質疑応答も含めて定刻5時に終わり、二次会に繰り出しました。
以上
富井 篤