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Updated 2007-03-02

第3回JAT新人翻訳コンテスト 課題文と選評

英日部門



英日部門には過去最高の47人から応募がありました。応募して下さった皆様に心からお礼を申し上げます。

翻訳文は、応募者の名前を伏せた上で審査員に送られ、第1次および第2次の審査が行なわれ、1月半ば過ぎに次のように順位を決定しました。


第1位 川口満里子 (広島県広島市)
第2位 大平和美 (State College, PA, USA)

その他の第一次審査通過者(7名):

西田真理、後藤由佳利、吉澤陶子、萩原良枝、小林三貴子、駒村絢子、米田健


選ばれた方も、惜しくも選外となられた方も、ぜひ原文とご自分の翻訳をもう一度見直して、翻訳力向上の一助にしていただければ幸いです。より詳しい講評は6月にイギリスBathで開催される国際会議 IJETで行なう予定です。



英日部門課題文 


まず、指示と課題文をもう一度、ご覧ください。主な評価箇所を赤字で示しました。
(どこをどのように評価したかは審査員によって異なります)。

  日本では現在、子どもの数1を上回る推定2500万匹(頭)以上の犬や猫がペットとして飼われており(ペットフード工業協会調べ、2005年)、しかもその数はここ数年急増しています。 おかげで、主にシニア層をターゲットとして2002年に創刊された動物雑誌「コンパニオンアニマル」2も、順調に売り上げを伸ばしています。この雑誌では、アメリカやイギリスなどのペット先進国の動向も随時紹介しています。高橋編集長は次号に次の記事を翻訳して掲載することにし、あなたに翻訳を依頼しました。提出期限は10月31日です。

1 15歳未満人口は1760万人
2 架空の雑誌名です



The Growing Use Of Pets As Therapy
by: Lisa Scott 
<リサ・スコット タイトルは訳しても名前を書かなかった人がかなりいました>

The inclusion of pets into hospital and rehabilitation environments has long been considered very therapeutic, and pets continue to be an important part of life long after rehabilitation has ended.

In addition to filling lonely hours (「一人暮らし」とは限りません) with companionship, pets can be trained, much like the more familiar Seeing Eye dogs, to perform tasks and assist persons with disabilities in many different ways.

The responsibility for pet care can enhance cognitive functioning in ways that are more subtle (「繊細に・微妙に」ではなく、もう一工夫ほしい。たとえば「自然に」、「気づかないうちに」など。)and enjoyable than traditional therapies. Fun activities often stimulate individuals with low motivation in ways that are not often achieved by sitting in front of a television set for hours on end (「意欲の減退した人がテレビを何時間見ていても大した効果はない場合が多いが、このような楽しい活動は彼らの刺激にもなる」という意味).

Pets are very good companions and help people feel less lonely. They also respond with feedback which can negate inappropriate behaviours, and interest in a pet may redirect egocentricity(変えられるのは、「人格」ではなく、自己中心的な「ふるまい」や「態度」では?)that may arise from frontal lobe deficits(前頭葉障害).

Selecting a pet can be turned into a cognitive exercise of planning. The choice of a pet should be fun, not fraught with discord(「ペットは楽しく選ぶべきで、けんかや言い争いは避けるべきだ」という意味)  It's important to consider all options e.g. a sophisticated set up of aquariums with pumps and filters may be too complex for some(「ポンプやフィルター付の高機能の水槽は人によっては複雑すぎるだろう」という意味).

Pets must be cared for, otherwise they fail to thrive. This may be a hard lesson, possibly from time to time even cruel for the animal, but individuals with brain injury must learn or relearn this important fact of life.

Naturally a responsible adult should intervene if the pet's health or well-being is adversely affected. When limitations arising from the ABI (アテローム血栓性脳梗塞、動物生態協会、足関節上腕血圧比、全米法律家協会など、様々な解釈がありましたが、Acquired Brain Injury-後天性脳損傷です) are barriers to independently caring for a pet of choice, talk with the individual about strategies that will enable more independence and determine what duties will be managed by whom so responsibilities can be monitored. Almost everyone loves animals (ちょっと唐突ですが、(何のかんの言っても)大部分の人は動物が好きなのだ。という感じでしょうか).

This often enhances social skills building for individuals when encountering others in the park, neighbourhoods and other places people congregate with pets. Have you ever been able to pass without noticing or striking up a conversation with someone sitting on a park bench with a colourful, exotic bird perched on his or her shoulder? (ここの部分をいかに工夫したかも、評価対象となりました。)

Pets are great conversation pieces. Individuals with severe brain injury and other impairing conditions often have little control over their lives. Owning a pet can provide an opportunity for controlling at least one facet of their lives - their pet!(評価対象)

Pets always have time for sharing with their owners and their loyalty is indisputable.Pet therapy is a well-established routine in many hospitals, nursing homes and rehabilitation centres.

Anecdotal accounts tell of the benefits of pets being in the presence of people in all stages of recovery, rehabilitation and even end-stage illnesses. The comforting and calming affect of stroking a furry animal (「毛皮に覆われた動物」、「毛の生えた動物」よりもう少しカワイク訳してくださいね) often elicits more relaxing facial expressions and/or postures in persons even thought to be in minimally-responsive states(近年、医学用語としては "minimally conscious state(最小意識状態)"の方を使うべきだという指摘もありましたが こちら、要するに「ほとんど反応しなくなった状態」です).

Nonverbal individuals generally respond with contented smiles when pets are introduced into their environment. Almost all individuals with disabilities can take some responsibility for the care of an animal, even if it's no more than a daily stroking or play session.

Dogs are frequently trained to assist individuals with brain injury, particularly those with mobility impairments. Custom-styled saddlebags can be placed on the dog and used for carrying personal items, wallet, daily journal (「新聞」とも解釈できますが、日記帳や日誌の方のようです)and other items needed by those using wheelchairs and/or other assisting devices that increase mobility.

Pets are indeed wonderful companions and can frequently impact positively even on those for whom other therapies, exercises and/or future promise for continuing recovery hold little interest (「他の治療や訓練、あるいは回復の見通しにほとんど期待をかけていない人に対してすら」.



選 評


今回の審査は困難を極めました。原文はペット雑誌に掲載する「肩のこらないコラム」を想定して選んだのですが、いざ訳してみようとすると、文と文の前後のつながりがよくわからなかったり、場面が急に替わったりで、皆さんとまどわれたことと思います。そのために、「超訳」や「翻案」を試みた応募者も多く、苦心のほどが伺えましたが、あくまでも「翻訳」コンテストですので、それらは減点対象となりました。

第2次審査では審査員の順位付けにより、まず9人の中から4人を選んでさらに検討を重ね、最終順位をつけて決定しました(4位は後藤由佳利さん、3位は西田真理さん)。


全体的な講評

● 今回の課題文は、一見読みやすく、比較的身近な話題であるにもかかわらず、応募者全体に言えることだが、原文を理解するのがやっとで、正確な用語選択や読みやすい文章まで配慮されているものは残念ながら皆無に近く、最初から最後まで安定した翻訳力が感じられる応募作品はほとんどなかった。

その原因は、若干ロジックに欠け、前後のつながりの分かりづらい原文にもあるかと思われるが、今回の応募翻訳に頻繁に見られたように、全く原文にない自分の解釈を推測で付け加えたり、ロジックを変えてしまうようなことは避けなければならない。

また、かなり単純な文章でも、正確に訳せていない応募翻訳が多かったことは残念である。

今後の皆さんのますますの精進を期待したい。

● 今回の審査は難しかった。最終選考に残った候補について、まず雑誌講読者の目で訳文だけを読んだ。次に、原文と対照して意味が適切に反映されているかを検討した。しかし、原文だけでは執筆者の真意がつかめない箇所がいくつもあり、審査は困難を極めた。

翻訳の評価には大きく次の2つの観点がある。

(1) チェッカーの観点
(2) 読者の観点

 上記で(1)は、訳抜けや数字・記号の転記ミス、誤訳など、欠点としてカウントしやすい項目が評価の対象となる。これは、比較的客観的に相手を納得させやすいこともあり、各種の検定試験や翻訳会社のトライアルで採用されている。欠点の少ないのをよいとする考え方である。

 これに対して、(2)は、読みやすさや自然な表現といった文章力に関連した主観的な要素を伴うので、カウントしにくいという欠点がある。読者に読みやすいものをよいとする考え方といえよう。この結果、誤訳や妄想訳を見逃す恐れもある。

 ちなみに、小説などの出版翻訳では(2)が採用される傾向が強い。しかし、同じ出版系でも技術系では(1)の傾向が強いようだ。

 このような傾向を踏まえると、JATの新人発掘コンテストでは、現在の主流の(1)の観点は排除できないが、これを考慮しながらも、(2)の観点を導入して、明日の翻訳業界を担う人材を発掘する必要があるのではないだろうか。

● 今回は応募者も多く、課題文もさまざまな「料理法」が可能であるため、審査はむずかしかった。惜しくも選外となられた方々の訳文の中にも、キラリと光る箇所がたくさんあったが、結局は総合力を問うかたちでの審査となった。


個々人の講評

第1位 川口満里子 
合計得点10点 ( 第2次選考で最後に残った4人を順位付けした結果
実務翻訳経験:なし


選評1

減点法で採点していくと、マイナスポイントが一番少なく、大幅なロジックのずれはなかったものの、文章の読みやすさ、自然な流れという点ではまだまだ改善の余地が大きい。比較的、つながりの悪い文章や不自然な日本語表現が多く、読者からすると読み心地は今ひとつである。また、もう少し細部に気を配り、原文に忠実な精度の高い翻訳に心がけて欲しい。比較的、訳抜けや1人よがりな解釈が少なかったことは良い。


選評2

この翻訳の冒頭のパラグラフをとりあげてみます。"病院やリハビリテーション環境へのペットの導入は、治療に大変効果的であると長い間考えられて来ました。リハビリが終わったのちもペットは生涯の重要な一部分であり続けるのです。"

「ペットの導入は、治療に大変効果的であると長い間考えられて来ました」と、ここまで読むと、次に「だが、しかし、今では(これと異なる状況になっている)・・・」と続くことを予感させます。しかし、そうならないので、「あれ」と躓いてしまいます。

この点では「言われてきたが・・・」(大平さん)のほうが自然に読めます。あるいは「考えられています」(西田さん)と現在形するのであれば、これはこれで安心して読めます。

 現在形と過去形のどちらにするかは原文の解釈によります。この点では、米田さんが明確な決断をしています。いずれにしても雑誌の読者の立場からは解釈をはっきりさせてほしいと思います。

 このほか、冒頭からずっと、「こともできるのです」(第1パラグラフ)「可能性もあるのです」第2パラグラフ)「場合もあるのです」(第3パラグラフ)といった調子で、「あるのです」が続くと、うんざりしてきます。

 このような問題は上記の(1)の観点ではカウントしにくいでしょう。このほか、「毛に覆われた動物をなでる」(第11パラグラフ)もいかにも奇異なのですが、上記の(1)の観点では減点されない可能性があります。


第2位 大平和美
合計得点 9点

選評

細かいところでの意味の取り違いがあったが(「1人暮らし」など)、比較的原文の意味をよく理解して訳していた。

全体を通して、比較的原文の理解力はあると感じられ、相対的には読みやすい訳文となっていた。が、原文にない表現を付け加えてみたり、読みやすいだろうという判断からか、原文に即して正確に翻訳されていない部分が見られた。応募者の中でも大半が間違えていたABIの訳が正確であったことは良いが、用語の選択が適切でないものもいくつか見られた。何度も原文を読み直し、翻訳者としての立場をわきまえ、忠実な訳を心がけて欲しい。




最後まで残った4名の訳文です。なおレイアウトは原文どおりではありません。他の方々については、IJETのセッションにおいて取り上げる予定です。

後藤由佳利
西田真理
大平和美
川口満里子



後藤由佳利

増加するペットの治療への利用
リサ・スコット

これまで病院やリハビリ施設では、ペットを取り入れることには非常に治療効果があると考えられてきました。また、ペットはリハビリ終了後も長年にわたり、人生を支えるものとなります。

ペットは、孤独な時間を埋めてくれる話し相手であるだけでなく、よく知られる盲導犬のように、訓練により課題がこなせるようになり、様々な形で障害者の補助ができるようになります。

ペットの世話という責任を持つことにより、従来の治療法より繊細で楽しみのある形で認知機能を向上させることができます。楽しい活動により、テレビの前に何時間も座らせるなどの従来法ではなかなか達成できない形で、意欲の減退している患者に刺激を与えることが多く見られます。

ペットは非常に良き話し相手であり、孤独感を和らげてくれます。また、ペットからの反応によって不適切な行いを反省することができ、ペットに興味を持つことで、前頭葉欠損から生じる自己中心性を改善することができるかもしれません。

ペットを選ぶという行為は、計画を立てるという認知的訓練になります。ペットの選択は、楽しいものでなければならず、不和が生じてはいけません。すべての選択肢を考慮することが重要です。たとえば、ポンプやフィルターを使った手の込んだ水槽などは、患者にとって複雑すぎる場合があります。

ペットは、世話をしてやらないと生きられません。これは、厳しい課題であり、時に動物にとって残酷な結果となることもあるかもしれません。しかし、脳障害を負った患者には、この人生において重要な事実を学ぶ、または学びなおす必要があるのです。

責任ある大人なら当然、ペットの健康や幸福に悪影響が生じれば対策を講じます。後天性脳障害(ABI)による制約があり、選んだペットの世話に障害が生じた場合は、より独立できる方法を話し合い、実行可能な任務を決定し、責任を監視できるようにする必要があります。ほとんどすべての人が、動物を愛しているのです。

このことにより、公園、近隣や他の人々がペットを連れて集まる場所で他者と出会う場面において、患者の構築する社会的スキルが向上することがあります。カラフルで珍しい鳥を肩に乗せてベンチに座っている人を見かけたら、気にしないで通り過ぎたり、話しかけずにいられますか。

ペットは、優れた話の種になります。重度脳損傷や他の損傷を持つ患者は、自分の生活をほとんどコントロールできないことが多いものです。ペットを飼うことにより、生活において少なくともある一点をコントロールする機会を得ることができます。つまりペットです。

ペットは常に飼い主と時間をともにし、その忠誠は疑う余地がありません。多くの病院、養護施設、リハビリセンターにおいて、ペット療法は定期的な治療として確立しています。

事例報告によると、すべての回復段階にある患者、リハビリ患者さらに末期の病状の患者おいて、ペットの存在は良好な効果をもたらしています。毛の生えた動物を撫でることによる疼痛緩和および鎮静効果は、ほとんど反応を示さない患者においても、そのリラックスした表情および/または姿勢から明らかに分かります。

発話のできない患者は、一般にペットを連れてくると満足した笑みを浮かべて反応します。ほぼすべての障害者が、動物の世話について何らかの責任を果たすことができます。それは、毎日撫でてやることや一緒に遊んでやることに限られる場合もあります。

犬は、脳障害、特に運動障害を持つ患者支援のために訓練されることがあります。特注のサドルバッグを犬につけて、身の回りの品、財布、日誌や他の車椅子を使用する上で必要な物および/または運動を補助する機材などを運ぶことができます。

ペットは、実にすばらしい仲間であり、他の治療法や訓練および/または回復の可能性がほとんど有効でない患者においてさえも、よい影響を与えることが多くあります。




西田真理

ペットセラピーの広まり
リサ・スコット

病院での治療やリハビリにおいて、ペットを活用することの効果は非常に高いと考えられています。また、リハビリが終了した後も、ペットは末永く、生活の中で重要な位置を占めることとなります。

ペットは、寂しさを埋めてくれる仲間というだけではありません。よく知られている盲導犬のように、ペットは訓練を受ければ、色々な方法で、仕事をこなしたり、障害を持った人間のアシスタントになったりすることができるのです。

ペットを世話することで生まれる責任感によって、従来のセラピーよりも、効果的に、楽しみながら認知機能を高めることができます。楽しく感じながら活動することで、低下していたやる気が刺激されることがよくあります。何時間もテレビの前に座っているだけでは無理なことです。

ペットは素晴らしい仲間であり、人間の寂しさを紛らわせてくれます。また、ペットの返してくれる反応は、不適切な行動も打ち消してくれます。ペットに興味を持つことで、前頭葉の損傷で自己中心的になった人格を変えることもできるでしょう。

ペットを選ぶことは、計画という認知訓練にもなります。どんなペットを飼うかは、楽しみながら決めなくてはなりませんが、相性の問題もあるので、色々な状況を考慮する必要があります。例えば、ポンプやフィルターがセットになったおしゃれな水槽は、人によっては複雑すぎます。

ペットは世話をしなければ生きることはできません。これは訓練としてはとても難しく、動物にとっては残酷な結果が生じる可能性もあります。しかし、脳に損傷を負った人間は、命にかかわるこの重要な事実を学習する必要があるのです。

もちろん、ペットの健康や生活環境に問題が発生した場合には、責任能力のある成人が介入しなくてはなりません。後天的な脳の障害(ABI)のために、選んだペットの世話を自分ですることが難しい場合には、どうすれば自分で世話ができるかを話し合い、何をすべきかを決め、責任を持ってペットの世話がなされるように監督を受けるべきです。ほとんどの人間が動物好きです。

公園や家の近所など、人間が動物と一緒に集まる場所で他人と出会うことは、社交性を養う良い機会と言えるでしょう。肩に色鮮やかなエキゾチックな鳥を乗せて公園のベンチに座っている人に気づかずに通り過ぎたり、話もせずに立ち去ったりすることは、なかなか難しいものです。

ペットは素晴らしい会話の糸口です。脳の大きな損傷など、障害を負うことにより、自分の命を管理することもままならない人も多くいます。しかし、ペットを飼うことによって、少なくともひとつの命、ペットの命を守る機会を得ることができるのです。

ペットが常に飼い主と時間を共にし、忠誠を誓うことについては様々な意見があります。ペットセラピーは、多くの病院、介護施設、リハビリテーションセンターで取り入れられ、定着しています。

回復過程やリハビリ中、さらには終末医療においても、人間の傍に、ずっとペットがいることのメリットを伝える話はたくさんあります。ふわふわした動物をなでることは安らぎや癒しの効果があり、ほとんど反応を見せない状態にある人でさえも、とてもリラックスした表情や動きを見せることがよくあります。

しゃべることのできない人の多くは、自分の側にやってきたペットを、微笑みで迎えます。障害を持っていても、誰でも動物の世話をすることができます。なでたり、遊んだりすることも立派な世話です。

多くの犬が、脳に損傷を負った人、中でも行動に障害を持っている人のアシスタントとして訓練されています。犬専用の小物入れを使い、車椅子などの歩行用補助器具を使用している人の必要に応じて、財布や新聞などを運んでくれます。

ペットは本当に素晴らしい仲間です。他のセラピーや訓練の効果や、継続した回復の見込みがあまりない人に対しても、プラスの影響をもたらす大切な存在となることが多いのです。




第2位 大平和美

ペットを使った治療の増加

以前から病院やリハビリ施設にペットを導入すると患者の治療・回復に大きな効果を与えるということが言われてきたが、リハビリ期間後の人々の生活の中においても、ペットが重要な位置を占めるようになってきている。

ペットは一人暮らしのさびしい生活を明るくしてくれるだけでなく、一般によく知られている盲導犬のように、訓練を受ければ、さまざまな場面で障害を持つ人たちができないことを代わりにしてくれたり、手助けしてくれしたりするようになる。

今までの治療法と違って、ペットの世話は、患者に治療を受けていると感じさせないようなもっと楽しい方法で、認知機能を高めることを可能にしてくれる。やっていて楽しいことというのは、やる気に欠けている人たちに、テレビの前にじっと何時間も座っているだけでは得られないような方法でしばしばやる気をおこさせてくれるのである。

ペットは大変よい話し相手になってくれるし、さびしさをまぎらわせてくれる。またペットは療養者が不適切なことをしたときにそれがいけないことだよと教えてくれるような反応を示してくれるし、ペットに興味を持つことによって前頭葉損傷者によくありがちな自己中心的な態度を和らげてくれることもある。

ペットを選ぶこと自体も「計画する」という認知機能を高める練習になりうる。ペットを選ぶ過程は楽しいものであって、軋轢をもたらすものであってはならない。すべての選択肢の善し悪しをよく考慮してペットを選ぶことが大切である。例えば、ポンプやフィルターつきのしゃれた水槽セットは、もしかしたら複雑すぎると感じる人がいるかもしれない。

ペットは世話してもらえないと育たない。これは患者にとってつらい教訓となるかもしれないし、ペットにとって時には酷な仕打ちになることすらあるが、脳損傷患者たちは、この人生の重要な事実を学ばなければ、あるいは学びなおさなければならないのである。

もちろん、ペットの健康や生命が脅かされるような場合には、責任をもった大人が世話に加わるべきである。後天性脳損傷(ABI)が妨げとなって、選んだペットの世話を患者ひとりでできないような場合には、どうしたら患者がもっと自分で世話ができるようになるか、また誰が何の担当をするのかということを話し合って決めれば、ペットがちゃんと世話されているかを監視することもできる。動物が好きではないという人はあまりいない。

ペットの世話をすることによって脳損傷患者は、公園や近所やペットを持つ人たちが集まるような場所で出会った人たちと関わりあって、社会的な技能を身につけていくことができる。もしも肩に色鮮やかな珍しい鳥をとまらせて公園のベンチに座っている人がいたら、必ず目に留まるだろうし、話しかけずに通り過ぎることなどできないに違いない。

ペットは会話を始める素晴らしいきっかけになる。重症の脳損傷患者やその他の障害を持つ人たちには、自分たちの生活の中で自力ではどうすることもできないことも多々ある。ペットを持つことによって、「自分のペット」という少なくとも自分の生活の中の一部分は、自力でなんとかできるようになるかもしれない。

ペットはいつでも主人に時間を割いてくれるし、間違いなく主人に対する忠誠心を持っている。ペットを導入した治療は、多くの病院や老人ホーム、リハビリセンターで既に定着した治療法のひとつとなっている。

回復やリハビリ段階にある患者に、あるいは末期症状の患者にさえも、ペットの存在が助けになったという話はよく聞く話である。動物の毛をなでることによってくつろいで落ち着いた気持ちになると、ほとんど全く反応を見せないと思われていたような患者でさえも、顔の表情をゆるめたり身体の緊張を解いたりすることもある。

言語能力に欠ける患者たちは、ペットを飼うようになると、通常満足した微笑みを見せるようになる。たとえ動物の世話が毎日毛をなでてやったり、遊んでやったりするだけのことにとどまるにしても、障害を持っている人のほとんどは、ある程度は動物の世話をすることが可能である。

脳損傷患者、特に運動障害を持つ患者を援助するように犬がよく訓練される。特別仕様の袋が鞍袋のように犬の胴体につけられて、車椅子やその他の移動を助けてくれる機器を使用しなくてはならない人たちが、袋に私物、財布、新聞、その他必要なものを入れて犬に運んでもらうことができる。

ペットは本当に素晴らしい友である。他の治療や運動に、またあるいは継続した将来の回復にあまり興味を示さないような人たちにすらも、しばしばペットは大きな肯定的な影響を与えることができるのである。




第1位 川口満里子

増え続けるペット療法の導入
ライザ・スコット

病院やリハビリテーション環境へのペットの導入は、治療に大変効果的であると長い間考えられて来ました。リハビリが終わったのちもペットは生涯の重要な一部分であり続けるのです。

 ペットと交流することで孤独な時間を埋められるとともに、より馴染み深い盲導犬たちとほぼ同じように、役目を果たし、障害のある人々を様々な形で介助するようペットを訓練することもできるのです。

 責任を持ってペットの世話をすることで、従来の療法と比較してより自然な、より楽しい方法で認知機能を高めることができます。楽しく活動することで意欲の乏しい人々に活気が生まれることも多いのです。テレビの前に何時間も座ったまま、といったことではこういった効果はほとんど見られません。

 ペットは非常に優れた介助役であり、人々の孤独感を和らげる手助けをします。さらに人々は不適切な行動を抑止できる反応をも示すのです。そしてペットに興味をもつことで前頭葉の欠損が原因とも考えられる自己中心性を再び抑制できるようになる可能性もあるのです。

 ペットを選ぶことは計画を立てるという認知運動に転化させることが可能です。ペットの選択は楽しいものであるべきで、意見の衝突を伴うものであってはならないのです。重要なのはあらゆる場合について考慮することです。例えばポンプやフィルターが設置された機能性の高い水槽セットはある人たちにとっては複雑すぎる場合もあるのです。

 ペットには世話が必要です。そうしなければ健康を損なってしまいます。これは困難な訓練となってしまうかも知れませんし、時には動物に苦しみを与えてしまうことすらあるかも知れません。しかし脳に損傷のある人々は、この生きていく上での重要な厳然たる現実を学習、あるいは再学習しなければならないのです。 

 もちろん、ペットの健康や幸福に悪影響が生じる場合は責任能力のある成人が介入するべきです。ABI(アテローム血栓性脳梗塞)が原因で制約を受け、選ばれたペットを自立して世話することが困難な場合、より自立的に行なえるようにするための方策について個々に話し合いをし、どんな責務を誰が管理していくか決定します。こうすることでペットへの責任を監視することができます。動物を愛さない人などめったにいません。

 これにより、人々がペットと共に集う公園で、近所で、また別の場所で他人と出会うことで、人々のソーシャルスキルの形成が促進されることも多いのです。色とりどりの異国情緒あふれる鳥を肩に止まらせて公園のベンチに座っている人に、目を止めずに、あるいは会話を交わさずに通り過ぎることなどできないでしょう?

 ペットは会話の最高のきっかけとなります。重度の脳損傷のある人々、あるいは他の障害状態にある人々は自らの生を制御するのが困難な場合も多いのです。ペットを飼うことで、少なくとも人々の人生の一部分、そう、ペットを管理する機会が与えられるのです。

 ペットは常に飼い主と時間を共有して過ごします。そしてペットの忠誠心は紛れもない真実のものです。ペット療法は多くの病院、高齢者福祉施設、リハビリテーションセンターで日常的な療法として定着しています。
 
 事例報告では、ペットと一緒にいることで、回復やリハビリのあらゆる段階にある人々、そして病気の終末期にある人々にさえ現れる効果について報告されています。毛に覆われた動物をなでることで心地のよい落ち着いた気分になり、最低限の反応しか示さない状態にあると考えられる人々にさえ、よりくつろいだ表情あるいは姿勢、またはその両方が表れることも多いのです。

 言葉を話せない人々は一般的に、ペットが生活環境に連れて来られた時、幸福そうな微笑を浮かべるという反応を示します。障害をもつほとんど全ての人々が、例え日々動物をなでたり一緒に遊ぶといったことしかできないとしても、ある程度の責任を持って動物の世話をすることが可能なのです。

 脳に損傷のある人々、とりわけ運動障害をもつ人々を介助するよう訓練された犬も多くいます。特注のサドルバッグを犬に装着させ、身の回りの品々、財布、日記、その他車椅子を使用する人々が必要とする品々や、運動能力を向上させるその他の補助用具を持ち運ぶのにこのバッグを用いることができます。

 ペットは実に素晴しい介助役です。そして他の療法や訓練、あるいは確実に長引く回復、またはそれら全てに対してほとんど関心を示さない人々にさえ、前向きな影響を与えることができる場合も多いのです。



なお、第2回コンテストの英日部門で1位となった広江理香さんからは、コンテストがきっかけとなって今月から新たに翻訳の仕事を始めましたという、うれしい便りが届いています。



文責 
コンテスト実行委員
佐藤綾子 (Emily Shibata-Sato)